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生きるということ、生きたということ

小児医療における終末期、というテーマはなかなか語られない。単純に母数が少ない、ということもあるけれど、やはり当事者が表に出るということを大衆にまで一般化して語るということに消極的になってしまうというのが大きいのだろう。 僕だって、「貴方が我が子を亡くしたとしたら、自分の体験を誰に向けて、どこまでお話できるのか?」と問われると、参ってしまう。無論、しかしそれでも僕が当事者のそばで仕事をしている限り、”彼らの声は大切だ””中心にあるのはユーザーの切実なニーズだ”と話したり、彼らにお話を伺いにいったりとすることの毎日だ。 けれど、どんなに共感を持って向き合っていても、どうしても、どこかで後ろめたさを感じてしまう。 悲しい出来事を聴く度。じゃあ自分はどうなんだ、つらい気持ちの人がそばにいるのに何をしているんだ、そんな気持ちになる。知らず知らずの内に、追い込まれる。 生きている、その重さは。生きた人々によって齎されるのかもしれない。

想い出は、雪になって

何というか―自分の人生の存在意義を、少しは塗りかえられるかな、と思っていた。ぶっちゃけ。でも、知った責任とか見た責任とか繋がりを持った責任とか、そういうのがドミノ倒しの様に続けておとずれて。正直、抜け出せなくなった、というか。そんなところだ。 初めは、興味本位だったんだと、思う。自分の知らない世界が広がっている、ただそれだけで、僕はこの上なくシアワセなのだ。でも、知った先が一寸だけ運悪かったんだよね、たぶん。いや、ラッキーだったのかもしれない。 自分の人生を生きることなく、他人の人生を生きている人は、この国にたくさんいる。依存でなく、ほんとうにその人の支えに成り続けて、生きている人たちが。「普通の人って、どう生きているんだろうね―」重症心身障害児の息子を持って、10年という歳月を奉げた後にその子を亡くした夫婦の詞だ。僕には、想像も付かない。 自分の人生って、なんだろうね。自由って、なんだろうね。自己責任、自業自得、そんな話で片づけられるものなのかね、人のいのちってやつは。 仕事は、すればするほどに、重たい。テーマも、量も、質も。それは「仕事は、できる人のところにあつまる」とかではなく、「仕事は、話を聴いてしまった人のところにあつまる」のだと、最近分かった。 申し訳ないけど、僕が奉仕したいと思うのは、自分自身が満たされているからなのだ。それが絶対条件で、だから仕事だって寄付だってする。でも、そんな気持ちは余裕からしか出てこない。だから、救急医療に従事する医療従事者とは、正反対だと考えている。 そもそも、生きるなんてものは、元来苦しいもので。それを僕らは、寝食・人のつながり・その他で覆い隠しているだけなんじゃないのか。そんな気がしている。だって、こんなにしんどい生活を続けている人が、こんなにいるんだぜ。 誰かが亡くなっても、僕が怠けても、知らない景色は続く。出遭いの先にあったはずの繋がりは、幻のように見えるだけだ。 すべては、想い出になっていくばかり。過ぎ去っていく時間のすべては、僕の人生の限界にすぎない。 想い出は、雪になって 降り積もる。亡くなった 彼のことも、きっと。